『 進化と退化 』
hiroshiです。
桜が散り
たんぽぽの綿毛が舞い
移り変わってゆく季節の中で
人はただ呆然と立ち尽くしているかの様
宇宙が宇宙を見ている
宇宙が宇宙の中で機能している
こう見えるのは僕だけだろうか
神の存在や無の存在は
人間の英知を狂わせる
強大な脅威であり
その二つの存在が
平和に共存し続けられる場所は少ない
ただ一つ、それらを結ぶ大きな存在がある
人間の心
人間の心こそ宇宙そのもの
人類はここ数百年
進化という幻影を見ている
どうやらそのおかげで
人間の心や体は退化の一途を辿っているようだ
宇宙は進化などしないのだ
頭で考え理屈によって生きていく人間が
頭で考え理屈によって作り出される物を
進化と呼んでいるにすぎない。
そこに宇宙はない。
その昔、人間は
宇宙と交信し
英知を得ていたといういわれがある
物理的にも科学的にも
理解しにくい文明の跡が
世界各地で色濃く残っている
信じたい
信用はできないが
心で想い、生まれる音楽は
何百年経っても
人々の心に残り
唄われている
音楽も進化などしないのだ
僕の音楽が人に
「新しい」や「古い」と言われると
どこか悲しくなるのは
その進化の概念に何の芸術性も感じないからだ。
心を動かし生きて行けるなら
心のために死んで行ける
宇宙を動かし
宇宙のために だ。
コメント
私も宇宙の果ては自分の意識だと考えています。
>頭で考え理屈によって生きていく人間が
>頭で考え理屈によって作り出される物を
>進化と呼んでいるにすぎない。
それ以外の方法で人が生き残る事はできなかったんだと思います。
僕らがネズミとかシーラカンスとかみたいじゃないのは、理性(理屈に基づく行動)があるからだと思うんです。
どうしたらいいんでしょうね。
投稿者: やまごろう7 | 2006年05月08日 18:46
Hiroshiさんの文章に刺激されて思ったこと
進化って確かに理性の世界のひとつの解釈にすぎないかもしれないと、思いました。
プラスにとらえたいエゴかもしれません。
前に進むも遅れるもなく、ただ生き物たちは環境や変化に<適応>してきたんだと思います。
それってやっぱり生きることだと思います。
存在している苦しさや喜び、、、音楽は生きることに通じていると思うんです。
生きることに関して、夢見ることも含めて、人や心のありようは変わっていない。
だから昔生きた人の心を映した音が、心に響く音楽として、時代を超えて、生きる人の心に響くんだと思う。
なんでクラシックが未だにこんなに胸を打つのか、感情を揺さぶられて美しいと感じるのか。
生きることに進化という理由を付けて本質的な循環を狂わせているのかもしれません。う〜ん、シンプルなことなのに。
投稿者: ぐっち〜 | 2006年05月09日 01:10