『 1枚のお好み焼 』
hiroshiです。
その人がはじめてうちの店を訪ねたのは、もう10年も前の事だと母が言った。
「その時も1人で?」
「どうだったかしら…まだ独身の息子と一緒だったかな、50にもなる・・・」
「へーそーなんだ、その50の息子も良く来るの?」
「うーうん来ない、いつもおばあちゃん1人で毎月2回くるのよ」
聞くとそのお婆ちゃんは、来る度必ずお好み焼をテイクアウトで一枚買ってくそうで、一枚のお好み焼が焼きあがるまでの間(約15分)、母とお喋りをして帰るのだそうだ。
それを10年も続けているという。
普段絶対にお客さんと口を聞かない静かな母が、そのお婆ちゃんとどんなきっかけでそうなったのか、少し気になった。
何年か前に亡くなった自分の母の面影をそのお婆ちゃんに見ているのかと思った。
そういえば何となく亡くなったお婆ちゃんに似ている気がする。
何か切ない。
いつもそのお客さんが来ると母に任せるのだが、今日は暇だったので母とそのお婆ちゃんがお喋りをしているすぐ横で、僕はテイクアウトの「はんぺんチーズ天」を焼いた。
ひったくりにあったらしい。
僕は聞き耳を立てた。
「ビックリして大声を上げたの、周りには誰もいなくて怖かったから…
走り去るその青年が可哀想で…私のせいなの、私がボケていたから…。
すぐに目を閉じ合掌して祈ったの。
『神さま、あの青年を助けてあげて、私がボケているせいであの青年を犯罪に走らせてしまったの。可哀想に…私のせいなの。』って」
母は泣きそうになっていた。そして母の表情はお婆ちゃんに安心感を与えている様だった。
お婆ちゃんは続けた。
信じられない話を聞いた。
「手を合わせていたらその青年、私からひったくったそのバックを返してくれたの、本当にうれかった。」
スゲーそんな事ってあんだー、ミラクル!
母はその青年に同情かけたお婆ちゃんの心に強く打たれていた。
そして僕はその話を聞き終わる前から実はもう泣きそうになっていた。
僕が聞いてたのは紛れも無く「お婆ちゃんがひったくりに合った話し」だった。
だが心で僕が感じたものは、「会いたかったわ、私はあなたが好きなの。こうしてもう少しだけでもいいから目を合わせていたいの、一枚のお好み焼が焼きあがる間。」だった。
切ない…
切なくて何かこう、まだ帰って欲しくないような変な気になった。
でももうお好み焼は焼き上がってしまった。
「はんぺんチーズ天」をパックに入れビニール袋に包み渡すと、力無く立ち上がり僕に「ありがとう」と何回も言った。
母が見送りに玄関の外へ出ると、一度も振り返らずに狭い歩幅を静かにしっかりと歩いていった。
あの足では家まで30分はかかる、着く頃にはお好み焼はとっくに冷めてしまったいるだろう。
「大丈夫かな」
僕が聞くと母は
「大丈夫!」
と答えた。
そのお好み焼はお婆ちゃんの話しを聞いて、とても穏やかでふんわりとしていた。
僕は鉄板をかたずづけながら、もうとっくに冷めてしまったお好み焼を楽しそうに食べているお婆ちゃんの姿を想い、「ありがとう」と心の中でつぶやいた。